ザ!日本酒 獺祭 8125ドルで落札

先月ニューヨーク・サザビーズオークションで8125ドルで落札される

ー 昨年、厳寒の1月、日本酒”獺祭”で有名な旭酒造の会長である桜井博志氏が我が家に来られ、チタンでボトルを作り、その瓶の栓として、漆を使いたいの申し入れがありました。”なんと光栄なこと!”私は下戸でお酒は、ほとんど呑みませんが、義兄が大の日本酒好き。獺祭”その先”(日本酒の中では、最高峰の価格のお酒)を10年程前に呑んだことがあり、獺祭のことはよくよく知っており、何とも不思議なご縁を感じました。また、その時はコロナ禍で、お客さんは皆無。果たして困ったねー・・・といった状況でしたし、今だにない物を創りたい人間なので尚更でした。

そのお酒が、先日ニューヨークのサザビーズオークションに一本だけ出され、その一本が8125ドルの値がつきました。、今日の円149円で換算にすると121万円になる。庶民にとって信じられないことですが、尚その先に進もうとする会長を始めとする皆さんスタッフの心意気に頭が下がるばかりです。おめでとうございます。

獺祭 瓶栓 獺祭漆栓と名付けることにしよう・・・

実物の狙い通りなかなか美しく写真を撮って頂き、写真家も素晴らしい!おまけに私の名前まで・・・何ともありがたいことです。

いずれにしても、酒造りに携わる職人、酒米を作ってくれる農園の人々、硬いチタンを加工してくれた職人の皆様、また王冠を作ってくれている多くの人達の苦労の賜物の上に成り立った偉業と、感慨深い思い出いっぱいです。

硬くて加工が難しいチタンボトル。仕上げは手作りによる物で、その困難さは計り知れない。
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まだ見たことの世界を見たい・・・

綺麗に熊笹を刈り込んでいった 諏訪神社本殿の裏

今年は、7年に一度の御柱祭が5月の連休にありました。しかしコロナ禍での開催であり、極々静かにおごさかに4本の御柱はトレーラーで町中を引き、木遣を歌い無事諏訪神社境内に立つことが出来ました。長く続く伝統と文化の継承は人口減の現在大変なことだ、とあらためて考えています。

一昨年のコロナ一年目、『居ても立ってもいられないと』、諏訪神社までの道を背丈ほどある熊笹を切り、幼き頃あった神社に行く道を切り開いた。

その際、境内裏の熊笹に覆われた裏境内?のことが気にかかっていた。それゆえ、今年はその熊笹を5月中旬より切り倒していくことにした。といえば、カッコいいが、実は混合ガソリンがたくさん残っていて、すでに消費期限切れになっていたというのが1つの要因であった。笑、

しかし、ひたすら熊笹をビーバーで切っていくと見事な檜の大木や欅の大木が出現し、これは新たな発見であり、楽しみが増えていった。そして、それは日々雑多な悩みのストレス解消と幼き頃より前の神社創建当時の見たことのない景色を見たいという欲望に変わっていった。まだ完全に綺麗になったとは言えませんが、結局150坪程の熊笹を薙ぎ倒した。

まだ幼い子供の頃、境内の周りには蟻地獄があり、蟻をいれてやると、蟻は見事に吸い込まれていく様子をマジマジと残酷に不思議とみていた・・・・

今は、境内で遊ぶ子供達も皆無で、神社はある意味子供には馴染みの薄い存在となってしまいましたが、熊笹を切った境内裏には、清らかで爽やかな風が通るようになったのは、実に嬉しいことで、ここで美味しいコーヒーでも飲めたら実に愉快で楽しみです。

熊笹を刈り込む前の様子

熊笹を綺麗に刈り込んでいくと、建物?の基礎らしい石などが出現し、この痕跡を解明していきたいものと考えているところです。もしかしたら、戦国時代、武田勝頼が木曽昌義が鳥居峠の合戦で負け、逃げていく際神社に火をつえ消失したと言われている神社の基礎であったのか・・・?

私が人気のないところで、無心に熊笹をビーバーで刈り込んでいたら、30代前半の青年が訪れ、『僕もやります。』と言ってくれたのは実に心強いことで、こんなムーブメントが広がり、誰ともなく集まってくるようなことがあれば、これまた嬉しいことであります。

私は、決して信心深い人間ではありませんが、新しく物を作るだけでなくあったものを大切に!、という心だけは残っているようで、還暦を過ぎ生業を離れた取り組みが出来たら幸せと考えています。

世界の危機と人間の愚かさ・・・

3月に入り、冬の寒さも一段落し陽ざしも日に日に強くなってきました。今冬の木曽は雪が多く、久しぶりに往生しました。日本での新型コロナウィルスの発症から2年・・・仕事はしていますが、さすがにどこにも行けず身動きがとれないので、いい加減精神的にも正直まいるな・・・、というのが実際であります。そのさ中、ロシアによるウクライナへの侵攻・・・連日TV等で報道されるのを見るにつけやりきれない思いでいます。

欧州最大 サボリジャ原発で火災発生

火災の原因は、ロシア軍の砲撃によるもののようですが、ウクライナはチェルノブイリ原発事故の被ばく国だけに、ウクライナ国民の不安、そして隣国であり兄弟のようなロシアに対する憎悪は計りしなおものがあるでしょう。いずれにしても、ロシアのプーチン大統領は危険で、長いこと権力に居座る危険性を、まさに私たちに警告しているようです。

若い頃、ある読んだ本の一節に『どんな立派な人であっても、長いこと権力に座にいると狂ってしまう。毛沢東、ゴルバチョフしかり。一般人であればなおさらである・・・』と書かれていて、人間とは所詮浅薄で哀れな動物とは思っていましたが、プーチンは、そもそもが怪しい人間。その彼が長いこと権力の座に居座れば当然のことであったのか・・・と考えています。

いつになったら、世界中の皆が幸せを享受出来るようになるのか・・・それは、たかが村単位の小さな集団であっても、些細ないざかいがありまとまりません。何とも寂しいことと思わざる日々です。

2022年幕開け 思いがけないご縁

2022年年賀状

昨年暮れバタバタしていたので、年賀状も出さずじまい。しかし、親しい方々から年賀状が元旦から届くので、いそいそと郵便局が開くのを待って年賀状を製作、取り急ぎ出しました。

父が存命中(昭和60年正月2日没)には、暮れの押し迫る26日頃から、座敷にこもり一枚一枚筆で丁寧に書いていた・・・こんな父を想うと、何と豊かな人間であったと想い返しながら、自分の至らなさを反省しています。

父の絶筆 亡くなる5時間前の書

小原宗鑑禅師より頂いた手紙の一説

正月三日、こんな巻紙の美しい手紙を頂きました。くれた人は小原宗鑑禅師。昨年5月縁あってお会いする機会があり、しばし、いろんなお話をし、昨年暮れ、何か忘れていたよな・・・と、私の削った竹楊枝を数本送りました、そのお礼の手紙でした。

小原宗鑑禅師は、2011年の東北大地震の際、居ても立っていられず、雪舞う被災地にて鎮魂の祈りを捧げ歩いたことでメディアでも大きく取り上げられた有名な禅師であり、まだ若き方であります。

竹楊枝に私の脆弱な現在の姿を嘆きながらの手紙を添え送ったのですが、こんなお手紙を頂き、何だか忙しさで荒んだ心が洗われるようでした。

2011年4月被災地にて 祈り 小原宗鑑禅師 (ネットからの抜粋)

お手紙のほかに、小原宗鑑禅師の上の写真に刺激され、仏道に入った佐藤紹稟さんの書いた本『雪のあかり』送って下さいました。

そんなわけで、その本を三日の日には読ませて頂きました。最近、親鸞聖人の”歎異抄”が妙に引っ掛かって、倉田百三著”出家とその弟子”を読んでいただけに、何とも不思議なご縁に感謝しています。美しい言葉で綴られていて、これが本物!と、これまた新年より有難く心引き締まる想いです。

佐藤紹稟著 月あかり

5月15日 我が家で 91歳の母と宗鑑禅師 

2021年 暮れ

コロナ禍2年目の2021年も明日で幕を閉じます。何はともあれ、何とか無事に年を越せることは、何よりなことなのでしょう。今日は新しい年を迎えるべく神棚を綺麗にし、床の間に南天を生け込み、鏡餅をお供えしました。

神棚
床の間

コロナ禍の1年を振り返りますと、春先から秋まで、木曽の静かで豊かな自然を満喫していましたが、秋から暮れまでの終盤は、納期に追われ久し振りにバタつきました。

今まで好き勝手な納期のない気ままな仕事をしてきただけに、多くを反省し学ぶことになりました。とはいっても、漆の乾きもありますので、納品は年明けの初荷にして頂きました。

そんなわけで、これまでいかに我儘な仕事をし、よくここまでやってきたとある意味感心しています。

今年も多くの知らない皆様との出会いがあり、また皆様に支えられ助けられてきたことをしっかりと認識感謝し、新たな年を迎えたいと考えています。

ありがとうございました。

晩秋・・・

新型コロナウイルスが、何故か急激に静かになってきた・・・。100年に一度のパンデミック、大変な経験をしていますが、これも私の人生にとっていい機会であったと、今は前向きにとらえるしかないと考えています。

11月4日 秋を満喫すべく 開田高原 地蔵峠 からさわの滝

土と炭、更には藁を混ぜた土壁。新しく塗り直したようでなく昔のままの壁のように仕上がり、実に嬉しい。入れた炭は、炭師と呼ばれる偉人・・・異人・・・原伸介氏の手によって焼かれ、白炭を微細なパウダーにしたものを使う。これが実に素晴らしい。調湿、消臭効果あり、この部屋は良い磁場となりました。

9月24日 友人と裏山に入り 人生で二本目の松茸

犬も歩けば棒に当たる!

ザクっと写真で振り返ると、コロナ渦ならではのことをし、生きている豊かさをある意味満喫できたような気もしています。

生きるということ・・・

世界中を見回すと、このパンデミックによって様々なことが見えてきたような気がしますが、あがいても仕方のない時もあります。そんな時、その時しか出来うることをするしかありません。経済的には、当然ピンチ!しかし、何とか、そこを精神的に打撃を受けないように越えていかなくてはならない。

世界中の人々が幸せに!・・・

今の世界を見回すと、さまざまなな所で凄惨な紛争が起き、また食べることさえ出来ない貧困生活を送らざるを得ない人々がいます。先日、施された善意を次の人に回すと皆が幸せになる、という1人の少年の提唱が、一大ムーブメントとなる。とい映画を観ました。それは、出来そうもないことを三人の人に施し、それを受けた人はまた三人の人に回してていくのだという。こんな幸せの連鎖が出来たら、ホント少しでも、幸せな世界に近づくのだが・・・と思いました。

5月

裏の公園から見る 鎮守の杜

高齢者へのワクチン接種が始まったが、なかなかコロナが収束する様子はありません。東京オリンピックも、2ヶ月をきったのに、この状況で、まだ開催するのだという。私的には、最悪を想定しての決断が必要ではないかと思います。

お客さんも来ないし、恒例の漆器祭もなく、今年も、たっぷり時間だけはあると言う感じの毎日で、これはこれで仕方ないことと、たかを括って、武士は食わねど高楊枝を装うしかない。笑だか涙だか、まあ仕方ない。

そんなわけで、昨年暮れのリフォームの際、白木の建具を作ったので、ようやく暖かくなり漆を塗って仕上げ、庭の苔は、しっかり根付いてくらたようで、見事な色合いを見せてくれている。

漆塗り建具
飛び石の隙間にびっしりと苔がついてくれました。
苔を探し歩いていたら、こんな苔が・・・何でも、苔の花だという。

まあ、そんなわけで、とりあえず心豊かに生活しています。

コロナ禍の楽しみ

4月に入り木曽でもすでに桜が咲きまさに春爛漫です・・・と、言いたいところですが、コロナ禍2年目を迎え、また違った楽しみ方を見つけるべく、庭づくりに励んでます。イメージは茶庭いわゆる露地ですが、まあ創作茶庭といったところです。

導入
枝折戸を開く
飛び石
苔むした水鉢と様々な甕を配し、その下には那智黒石?を敷き詰めた
かつて親しいお客様から頂いた陶器製の灯籠
ちょいと川石を頂いて・・・自然石ならではの面白さか・・・

こんな感じの庭になってきましたが、枝折戸も本来竹だけで編んでいくものですが、あくまで創作茶庭ー露地、こんなものでいいでしょう。

庭を造っていると手足動かしながら、様々なことを考えています。それ自体が何だか気持ちがいい。こんなコロナ禍の楽しみ方もいいかと考える共に、それだけの年を重ねてきたことを実感しています。

コロナ渦ならではの楽しみ方を見つけること・・・それが今現在を生き抜く上で最も自分にとって大切なことのように思います。まだまだ捨てたもんじゃない!

春!小鳥のさえずり・・・

彼岸明け、朝散歩をしていると楽し気な小鳥の声が耳に飛び込んできました。まさに春到来です。コロナ禍でも、季節はちゃんと巡ってきます。3月21日、全ての都道府県で非常事態宣言が解除され、まだ新型コロナウイルスの終息は見通しはたちませんが、それでも、希望をもって明日につなげなくたはなりません。

私は物創りのはしくれです。先日、友人が来て、『今の若者のなりたい職業の一番は、サラリーマンだってよ。』と言って呆れていました。確かに、私たちのような不安定な自由業の物創りにとって、毎月安定した収入を得ること出来れば、どんなにありがたいことか・・・これは肌身をもって感じていますが、この今の若者の現実を知るのつけ実に寂しいことかと思いました。

小鳥の声を聴き、川の音を聴くと、思わずかつての小学校の校歌のワンフレーズを想い出す。

山路遥かに雲浮かび

行こう岸辺に水の音 

朝は小鳥の声にあけ 

夕べは川の子守歌 

楢川楢川わがふるさと 楢川楢川わがふるさと。

*かつて、木曽平沢は楢川村であり、平成の大合併の際、塩尻市に統合されました。

嘆くよりユーモアを!

厳寒の木曽平沢

昨日、11都府県において非常事態宣言が出された。今年も昨年同様の年を過ごすのかと思うと、さすがに気が重い。

今更のようだが、何故台湾やニュージーランドのように、まずは感染者をゼロにするという島国ならではのコロナ対策をしなかったか?そこが残念でならない。

台湾やニュージーランドもトップは女性だ。どうも、男性より女性の方が諸々の忖度なしに白か黒かの二者択一の選択が出来るということではないか!?との話もあるが、日本の政府の姿勢を見ると、7月、ただ闇雲にGo toトラベルを推し進めたあげく感染を広めていった人災の様相は歪めない。

気は重いが、これまた何とか笑ってやり過ごすしかないようだ。

『嘆くよりユーモアを!』

凍てつく自然は、美しく綺麗だ。