漆の道具は、塗るための刷毛、蒔絵に使われる特殊な筆、また下仕事に欠かせない研ぎ炭、ゴミなどの塵を取り除くための吉野紙などの和紙です。私達漆の物作りに携わる人間は、漆掻きをはじめとした、特殊職人の人達に支えられ、今こうして仕事が出来ているわけです。
刷毛に使われる極上な毛に長くて腰のある女性の髪の毛が用いられていることは有名ですが、仕事に携わる男の私にとっては唯一艶やかな話でもあります。その刷毛は鉛筆のように作られていて、磨耗し塗りに適さなくなった時には、また自分で切り出し、自分に合った刷毛を作ることが出来ます。漆刷毛師泉清吉(いずみせいきち)氏には、長野オリンピックメダル作製の際、幅6分の刷毛を特別注文し使わせていただきました。感謝の気持ちで一杯です。このように刷毛には塗る物の大きさによって様々な寸法の刷毛があります。
磨耗していない鼠の背筋の毛が、極細い線描きをする時に用いる蒔絵筆としては最高とされ、“命毛”とも言われている先端の水毛(毛の長さの一割ほど)の均一性がその良し悪しを決めると言われています。蒔絵師ではない私はねずみの背筋の毛を用いた筆はありませんが気の遠くなるような細やかな作業の繰り返しであることは想像するに難くありません。
蒔絵の研ぎにおいて研ぎ炭は絶対不可欠なもので、現代の便利なサンドペーパーでは代替できません。何故なら0.03ミリほどのごく薄い塗膜面を研ぎ炭にて平滑に研ぎだしていくので、上塗り漆の中に埋まった金粉等を研ぎ出していく蒔絵技法が可能なのです。20年ほど前福井県名田庄村(なたしょうむら)の東太郎(あずまたろう)さんの炭焼き現場を尋ねました。単に炭を作るのではなく、材料である油桐(あぶらぎり)を入念に選定し、十分乾燥させ、炭焼き作業に入ります。これもとても大変な仕事です。他にもまだまだ多くの漆の道具があります。陰ながら漆を支えてくれている職人の人達に深く感謝すると同時に、漆の仕事を将来に向け残していく為に、あくまで謙虚な姿勢で物作りに励んでいかなければと念ずるばかりです。